2017年12月11日(月)

太陽光発電が強い味方

ZEH(ゼロエネ住宅)の実現には、家庭の消費エネルギー量を下げることが必要不可欠ですが、一方で創エネとの組み合わせが必須となります。家庭で創エネするのならば、やはり太陽光発電です。再生可能エネルギーでの創エネは大規模であれば、太陽光発電、風力発電、水力発電などもありますが、家庭などの小規模な発電には太陽光発電が向いています(家庭用小型風力発電もあるのですが、安定した電力供給は難しいと言われています)。

南面に面した屋根がある程度あれば、一般家庭は3kWh程度の発電量で、省エネ性能が高い住宅という前提にはなりますが、ZEHの実現も夢ではありません。一般住宅で4kWh程度の発電量があれば、発電するエネルギー量が消費するエネルギーを上回ることもあり、ネット・ゼロ・エネルギー・ハウス(差し引き・正味ゼロ)ではなく、リアル・ゼロ・エネルギー・ハウスになることも可能です。

2017年12月07日(木)

ZEHを進める理由

ZEH(ゼロエネ住宅)が今注目を集めている理由に、地球温暖化問題があります。気候変動の影響で真夏の猛暑や平均気温の上昇、極端な豪雨や風水害が増えていることで、私たちの暮らす環境は悪化していると言えます。

 

住宅でのエネルギー使用量は増加傾向にあります。家電自体の省エネ性能は上がっているものの、使う電化製品の量が増えているのも事実です。現在日本のエネルギー源としては、石油や天然ガスといった化石燃料に依存しており、温室効果ガスの排出源となっています。CO2を減らすことが地球環境問題に必要不可欠です。

 

一方で、住まいの温熱環境が悪いことで、家庭内での健康問題にも大きく影響します。冬場に寒暖差が大きい住まいでは、特に入浴中の突然死がクローズアップされています。年間の交通事故死亡者数よりも、ヒートショック現象による浴室での死亡事故の数が上回り、血圧の高い高齢者のいる家庭は注意が必要です。結露によるカビなどの原因にもなります。

 

高断熱にして住宅の基本性能を高めることは、もはや必要不可欠と言えそうです。

2017年12月04日(月)

ZEH(ゼッチ)って何?

住宅業界では今、ZEH(ゼッチ)というキーワードがトレンドになっています。ZEHとは、ネット・ゼロ・エネルギー・ハウスの略称で、住宅の一次エネルギー消費量がネット(正味)で概ねゼロになる住宅」という意味です。ゼロエネ住宅などと言われることもあります。

 

ざっくり言うと、高断熱などで住宅の省エネ性能を高めて住宅での消費エネルギー量をおさえて、太陽光発電と組み合わせてエネルギーをつくることで、最終的にエネルギー消費量が差し引き(収支)ゼロになる住宅、ということになります。

現在、大手ハウスメーカーを中心にZEHの開発が進んでおり、ゼロエネが新築住宅の新しい基準になりつつあります。

 

大丸建設なりにZEHについて解説していきたいと思います。

2017年11月17日(金)

仕事の旅とプライベートの旅の違い

私は、仕事でも、プライベートでもよく旅をしますが、たとえそれが仕事であっても、新しいものを見たり、自分が興味をもって取り組みたいという気持ちが勝るので、プライベートの時と同じくらい、旅を楽しんでいます。もちろん、完全にプライベートだと、心持ちも変わってくるかもしれませんが(仕事の方が本業に生かそうと貪欲ですし)、ただ、好奇心や探究心はON/OFF関係なく、常に心の内側に持っているものです。会議などで出かける時は別ですが、外に出て何かを見たり感じたりするのが、好きです。

旅のおとも

最近は、なかなかゆったりできる旅行をしていないので、ぜひ、完全にOFFの環境で、見たいところだけを見て回り、昼間からビールを飲みながら美味しいものを食べて、気楽な旅をしたいものだな、と思います。

2017年11月15日(水)

仕事では「山」によく行きます。

これまで私は全国各地を訪れたなかで、林産地に行く機会が多いように思います。大丸建設がメインで取り扱っている材木は、和歌山の山長商店のものなので、必然的に和歌山行きが多いですね。また、くりこま山系のある宮城県は、震災復興支援などでも足を運びます。それから、高知、福島、熊本、静岡にも産地があります。中部地方では岐阜の山も巡りました。

長年のお付き合いのあるところ、新規のところも含め、建築材料の生まれる場所、そして生産者と顔の見えるお付き合いをしたいと、なるべく足を運ぶようにしています。

産地によって材の性質は変わります。和歌山は岩盤質の崖地みたいなところで木が育っています。宮城はどちらかというとゆるやかな、斜面がきつくないところで育っていました。高知はヒノキと杉が多く、山が深い。産地をいろいろ見ていくと、山によって木の育ち方が異なるのがわかります。一本一本の植え方、間隔が異なり、循環の仕方もそれぞれです。やっぱり、立木だけを見ているとそれがいい木かどうかわからない。斬られて製材されて、人に会って初めてわかることもあります。

2017年11月13日(月)

鳥取と島根への憧れ?

全国47都道府県のうち、私がまだ行っていないのが、鳥取県と島根県と鹿児島県。なので、いつか出雲大社と鳥取砂丘は必ず行ってみたいと思っています!

 

出雲大社は建築的にもユニークだと聞いています。高さが24メートルで、神社建築としては最大級。鎌倉時代には48メートルの高さがあったとの話もあります。出雲大社は大社造りといい、伊勢神宮の神明造とともに二大神社建築とされています。中央に御心柱という直径1メートルもある柱が立っています。屋根は檜皮葺(ヒノキの皮をずらして重ねて、竹の釘で打つ)で、その厚みも檜皮の大きさも国内最大級です。

 

こうした建築的な見所もさることながら、出雲大社は縁結びの神様とも言われているので、それもぜひ訪れてみたいポイントです(笑)。

2017年11月10日(金)

金沢を再訪したい。

もう一つ、好きなのは金沢の「ひがしの茶屋街」です。加賀藩の歓楽街ですが、きらびやかというよりもどこか風雅で、しっとりとした趣があります。夜の顔と昼間の顔が違っていて、昼間は観光客がいっぱいで賑わっていますが、夜はすごく静かでした。

建築的に見ると、ひがしの茶屋街は昔の町家の典型的な形で、建物の構造も街並みの形成も、こぢんまりとしているだけに、よくわかります。京都のような密集度や複雑さはなく、過ごしやすくて、馴染みやすいと感じました。

金沢には独特のゆったり感があるような気がします。

私が訪れた時は、半日くらいなのでゆっくりと街を堪能できておらず、「また行ってみたいな」という気持ちになっています。北陸新幹線の開通で金沢が近くなっているので、いつかぜひ、再訪してみたいです。

2017年11月08日(水)

京都の街並みが好きです。

大人になってからの旅行では、自分で行きたいところを選ぶことができるのがいいですね。私は京都に惹かれているんだなあと足を運ぶたびに感じます。

京都では、清水寺に行く途中の坂道を降りるところ、八坂の横にある、北政所(豊臣秀吉の妻、ねね)がいた高台寺のあたりを歩くのが好きです。建築に携わっていると、寺社建築が好きでしょうと言われるのですが、私は特に個別の建物に強い関心があるわけではなく、庭とか、周辺の景色などが好きで、プライベートで京都に行ったらかならず高台寺周辺を歩きます。

また、長年行きたいと願っていて最近ようやく行けたのが、伏見稲荷です。赤い鳥居が迷路のように長く続く様は圧巻でした。時間の関係もあり、途中で横に逸れて最後までは歩けなかったのですが、ぜひまた行ってみたいところの一つです。

2017年11月06日(月)

海水浴で迷子になった思い出

北斗星での北海道旅行は小学校6年生のころで、記憶もはっきりしていて、今でも懐かしく思い出されるのですが、それより昔の家族旅行の思い出となると、おそらく未就学児のころで、海水浴で迷子になったことです。

安田家の家族旅行といえば、海水浴。スイミングスクールの仲間たちと三浦海岸に行ったり、湘南や伊豆などによく出かけていました。

私が3歳くらいのころだったかと思いますが、下田の海水浴場に出かけた時に、迷子になりました。ビーチのパラソルからホテルに戻り、そこからまた海に出かけた時に、私はビーチサンダルがないことに気づき、一人で取りに戻りました。両親がそれに気づかず、先にビーチに行ってしまったようで、親とはぐれてパトロールのお兄さんに抱っこされて迷子センターに連れて行かれ、30分くらい「迷子」状態でした。

その迷子センターでは、泣いている子もいれば、ゲームで遊んで楽しんでいる小、アイスキャンディーをもらって喜んでいる子がいました。私はそれを客観的に眺めていました。そして、迷子の知らせで母が飛んできて「何をやっているの、離れちゃダメじゃない!」と叱ったので、「だって足が熱かったんだもん」と言いながらも、「目を話さず見ててくれよ」と内心思っていました(笑)。

こうして思い出すと、私は昔から、迷子になっても冷静で周りを観察していますね(笑)。

2017年11月03日(金)

子ども時代の旅の思い出ナンバーワン、「北斗星」での北海道

私が子どものころの家族旅行で最も印象に残っているのは、寝台特急「北斗星」で行った北海道旅行です。

 

北斗星の切符を買えるのは乗車日の2カ月前。家族みんなで発売開始の9時に合わせて並んで買いました。その時にとれたのがA寝台の個室、二人部屋でした。兄と私、そして両親とわかれて、泊まりした。上野から夜18時くらいに出て、函館に明け方に着く列車でした。

食事は食堂車で食べました。夜は興奮してほとんど眠れず、外の景色を見つめたり、兄と話をしたりして、過ごしました。青函トンネルの中に入ると、展望車にみんな集まって、車掌さんが青函トンネルの説明をしてくれて、電光掲示板が光って絵が見えたりしたのを覚えています。

北海道に着いたら、有名な函館の夜景を見たり、また、小樽、札幌くらいまでを電車で移動し、復路も北斗星を使って東京まで戻りました。

帰りは一部屋だけロイヤルという一番いい部屋がとれて、両親はそこに泊まりました。ウェルカムドリンクがあって、シャワーもあって、とても素敵でした。私たち兄弟はB寝台列車でした。

寝台列車で過ごすのは子ども心にはすごくワクワクしました。ベッドが普通に上下あって、カーテンが閉まるだけのシンプルな構造ですが、自分の部屋じゃないところで、知らない人が隣にいて、ベッドを出れば廊下で外が見えたりする。非日常がとても楽しかったのを覚えています。