2018年02月19日(月)

経営も現場も大切にする

大丸建設の社長交代・世代継承に向け、この数年間、いろいろ準備をしていますが、人材の安定と経営の安定、両方が成り立って、ようやく社長も安心して隠居できるのかな、と思います。

私は、バリバリの経営者タイプではありません。パソコンを前に図面を引いたり、パチパチと数字を打ったり、新しいビジネスモデルのスクールに嬉々として通うよりも、建築の現場が好きで好きでたまらず、木の香りのする空間にいるだけで落ち着きます。だけれども、5代続く家業を継承する運命を背負って生まれたからには、木が好きな大工さんや職人さん、木造建築が好きなスタッフ、そして木造建築の文化を次世代につないでいく責務があると思っています。

 

決して得意ではない経営にも真面目に向き合い、「現場」をよく知る経営者として、つくり手も住まい手も「心がつながる家づくり」を目指し、大丸建設を大切に育てていきたいと思っています。

2018年02月15日(木)

銀行という頼りになるパートナーを得た

大丸建設の単年度決算が黒字に回復したのは、パートナーのメインバンクが変わったことが大きいです。融資の担当者が熱心に大丸建設に通ってくれて、経営についてのアドバイスをしてくれ、事業年度も変更して、「数字」がとてもクリアにわかるようになりました。

 

現場がわかると、その先にいつ、何を、どのように対策しなければいけないのかがわかります。新築を何件受注する、リフォームが大規模、中小規模何件で、それに軽微な営繕を加えていく。具体的な目標と期限を決めて、動き方が見えてくるようになりました。

まだ実際には思う通りにできていないのが現場ですが、会社として当たり前のことを、当たり前にできるようにして、急成長もしないけれども、コツコツと健全に事業を継承していけるよう、努力していきたいと思っています。

2018年02月12日(月)

主婦パートを積極的に雇用したい

大丸建設は社長が70代、さらに定年後の田上にお願いして雇用延長をして、なんとか事業を回している感じです。とはいえ、この体制もあと2、3年のことと思います。ですので、次世代の求人を強化していくのが今年の大切なポイントです。

昨年、子育て中の坂本をパートに迎えたことで、雇用に関する私の考えが大きく変わりました。私の母が専業主婦だったこともありますが、子育て中の女性が専門職として働くイメージをあまり持てずにいたのです。坂本は以前、自然素材の建材会社で働いていたこともあり、大丸建設の大切にしているコンセプトに関して一定の理解があることも大きいですが、有能な女性が子育てを理由に社会に出られないのはもったいないなあ、と思うほどに優秀です。

 

思えば田上も子育てをしながら(現在は孫育ても!)大丸建設で長年働いてくれています。子育て中の方は時間に制限があるからこそ、時間の使い方を工夫しながら、効率的に働こうとします。ぜひ、こうした女性の力を借り、大丸建設で柔軟な働き方を実現したいと思っています。

2018年02月08日(木)

現場監理の効率性をあげるには

現在、大丸建設の現場監督は、ベテランの雨宮和幸が担当しています。現場の効率をあげるには、材料の発注や職人の手配などの動きが見えやすい新築住宅の案件をコンスタントに受注していく営業力が求められます。雨宮の仕事が多忙になると、現場監理をできる私の仕事が増え、「営業をする・受注をする」という、仕事の入り口に注力することが難しくなってしまいます。コンスタントに受注を獲得していくには、営業力を強化していくことが大切だと思っています。

できれば現場監督がもう一人いればベスト。新築住宅を安定的に回すことと、突発的に入るリフォームや営繕などをもれなく受注するには、私自身がフリーで動けることが大切で、雨宮をサポートできる人材がもう一人いれば、と思います。

2018年02月05日(月)

「次世代」に向けた引き継ぎをしっかりする

大丸建設では今、少数精鋭で仕事を回しています。社長は70代も半ばにさしかかり、まだ現役でがんばってはいますが、社長を楽にするためにも、私たちの世代がしっかりと事業を運営していきたいと思っています。

大丸建設に長年勤務してくれている設計・営業の田上純子が定年を迎え、現在では勤務日数を減らしながら、今でも会社を助けてもらっています。昨年、企画・営業サポートとして、坂本カオルがパートで入社してくれて、顧客情報の整理やポスティングなどの地域営業をがんばってくれているので、ずいぶん営業の戦略を立てやすくなってきました。坂本は子育て中ですが、時間をやりくりしながら的確に仕事をしてくれるので、子育て中の人であっても大きな戦力になることがわかりました。

 

田上が元気で働けるうちに、彼女の営業や接客を引き継いでくれるパートスタッフをもう一人入れて、次世代の大丸建設を担ってほしいと思っています。

2018年02月01日(木)

経営を安定させるために。

昨年末に、決算が無事に終わりました。昨期もなんとか黒字で終わり、二期連続での黒字決算でした。

ただし、利益率が低いのが大きな課題です。大丸建設では国産の無垢材、自然素材を基本として家を建てています。素材のトレーサビリティ(生産や流通の履歴のこと。原材料にどのような素材が使われており、流通経路や業者の情報がわかる)をしっかりとっているため、原材料費はどうしても割高になってしまいます。また、大工や職人さんの技術を安く買いたたくようなことはしたくなく、技術に敬意を払ってきちんとお支払いしたいと考えています。

ですので、どうしても利益率は低くなってしまうのですが、それを上げていかなければ、会社としても未来に向けて投資をできなくなってしまうので、今年の課題は利益率を高めることです。

2018年01月29日(月)

歴史を受け継ぐ大丸建設

様々な文献やインターネットの資料から、江戸時代の大工や職人の文化を紐解いてみましたが、現代に通じることも多く、とても参考になりました。大工棟梁は職人を采配する司令塔であったこと、それは宮大工を始祖とする大丸建設らしさでもあり、今の私の役割にも通じます。

また、江戸の職人は「江戸をつくり、守っているのは自分だ」という強い誇りを持って生き、また街の人たちにも尊敬されていることを知りました。

大丸建設も、東京・多摩エリアで始まり約150年近い歴史を持ちます。私たちのつくった建築が、この地域の風景の一部となり、まちを形作ってきたのだと思うと、背筋が伸びます。また、これから建てる家も、未来の風景をつくっていくのだと心得、美しい、日本らしい住まいを建てて、またその文化を未来につないでいきたいと考えます。

2018年01月25日(木)

大工棟梁は建築のコーディネーター

江戸時代、大工、左官、鳶職は「華の三職」と言われた花形のスターでした。そのうち大工棟梁は、木造建築の全てを采配する責任者で、職人のコーディネーターでもありました。

左官職人(土壁をつくる)、鳶職(高いところでの作業を専門とする職人)、土工(土木作業、地面の掘削などをおこなう)、基礎工事職、解体業といった、様々な職種を束ねました。

また、木工事に関わる職人を大きく「大工」と総称することもあります。社寺仏閣の建築をおこなうのは「宮大工」。住宅の建築をするのは家屋大工。茶室をつくる数奇屋大工、木造船をつくる船大工、襖や扉をつくる建具大工、家具大工など、様々な「大工」がいました。これらを束ねるのも、棟梁の役割です。

2018年01月22日(月)

火事と喧嘩は江戸の華

江戸は家事が多く、そのたびに火消しが華やかな活躍をしてきました。また、江戸っ子は気が早くて派手な喧嘩が多かったことから、「火事と喧嘩は江戸の華」という言葉が生まれたくらいです。

その火消しに活躍したのが「鳶職」です。鳶職は建築職の中でも高いところに登って仕事をする者で、特に上棟式の時に梁から梁に文字通り「飛んで」仕事をしたので、トビと言われています。梯子に乗って高いところで作業をするので、火事が起こったら真っ先に駆け上がって纏を立て、火消し集団をリードする役割を果たします。火消しが終わると、纏を翻して見せびらかしながら街を練り歩いたそうです。

このように、命をかけて高いところにあがり、また火消しで活躍する鳶職は、とても人気がありモテたそうです。鳶職は派手な羽織を身にまとい、伊達男が多かったとも言われています。

2018年01月18日(木)

江戸時代の大工の日当は?

江戸時代、大工は花形の職業とされ、比較的賃金の高い職種だったと言われています。調べてみると、『文政年間漫録』という資料に、大工の日当は銀5匁4分と書いてあります。ちなみに、このなかに飯代が含まれているそうです。

銀5匁は「ごもんめ」と読み、銀5匁4分とは、今のお金にすると1万6000円弱くらい。正月やお節句などのお休み、天候休日なども含めると、年間の労働日数は300日弱で、年収は約500万円ということです。

『文政年間漫録』には、大工の暮らしぶりが事細かに書かれており、食費や家賃、家具や道具などの住居費、衣料費、交際費などが記されています。大工は比較的高収入でしたが、これらの生活費を差し引くと残るお金はほとんどなくて、江戸時代の庶民の暮らしがいかに慎ましやかであったのかがわかります。