私は少林寺拳法4段です。

少林寺拳法では長年修練を積み重ねていくと、昇段することができます。最高位は9段です。

私の師匠は今8段で、東京でもトップの指導者です。今71歳ですがまだまだ闊達で、7歳の私が憧れた時の強さに磨きをかけています。開祖の宗道臣先生に何度か直接教わっているとのことです。

私は今、4段です。35年近くも続けていることもありますが、私はやはり少林寺拳法が好きです。

これまでの受賞歴は、小学校2年生の時に都大会で敢闘賞をとり、高校1年生の時には東京都で2位になって全国大会に行きました。当時は2段でした。その後も都大会などはずっと出ており、少林寺拳法の大会は今でも仲間との交流もできるので、大切にしています。

人を生かして人を殺さず。

少林寺拳法には、大きく二つの技法があります。

大きく分けると、「剛法」は突きと蹴り。「柔法」は関節技、投げ技、固め技です。

組手で練習するのが主で、戦うのではなく、演武が正確にできているのか、正確性、気合、速さを競い合います。

運用法というのは、防具をつけて相手と攻撃か守備かを決めて、審判が立っておこないます。

柔法は、テレビで刑事が腕を逆にとっておさえたり投げたりする護身術としてよく出てくるあのシーンを思い浮かべると、イメージがつくのではないでしょうか。

「勝たなくていい」=「負けなくていい」というのが少林寺拳法。「不殺活人」という言葉もあります。人を生かして人を殺さず。悪いことをした人であっても、殺してはいけない。人は生かして治していくものだという、愛に満ちあふれた少林寺拳法の精神がそこにあります。

力愛不二という理念

少林寺拳法の一番大きな柱は、「半ばは自己の幸せを 半ばは他人の幸せを」という考え方です。これは、何事をなす時にも、仲間は自分のため、自分は仲間のためにという考えを持つことで、自分のことは大事だが、半分は相手のことを考えようと説いています。

自己確立(まずはしっかりした自分をつくりましょう)、自他享楽(ともに楽しむ)が第一の教えで、精神修行も含めておこないます。

少林寺拳法は、力愛不二という理念をもっています。拳禅一如であるとも言っています。

「鎮魂行」といって、これらの教えが書いてあるものをみんなで読むことから始まります。

70年の歴史がある少林寺拳法

少林寺拳法の開祖は「宗道臣」先生です。

日本に生まれた宗道臣先生は、中国に渡り嵩山少林寺で拳法を学びました。そして、日本に戻って戦後の荒れ果てた地域をみて、「平和で物心共に豊かな社会をつくりたい」と、日本を変えていくためにどうしたらいいのかを考えて考案したのが少林寺拳法です。

宗先生は、説法だけでは人はついてこない。身を守る、道を正すための力も必要だと、「力愛不二の“教え”と自己確立・自他共楽を旨とする“技法”を中心とした、社会に役立つ人づくりの教育システムを考案して、拳禅一如の少林寺拳法を創始」(少林寺拳法HPより)しました。

少林寺拳法は「人づくりの行」

私が通っている道場は、実家から歩いて5分ほど、調布市の公会堂が修練場所です。

全国各地に本当に様々な道場があるのですが、空手などとは異なり、少林寺拳法には流派はありません。日本で「少林寺拳法をやっている」といえば、同じ内容です。

挨拶で「合掌礼」をすれば、それでみんな、同じ仲間です。

技も教えも一緒なのです。

少林寺拳法のホームページをクリックすると、トップページに「半ばは自己の幸せを 半ばは他人の幸せを」とあります。少林寺拳法は「人づくりの行」なのです。

長年、少林寺拳法をやっています。

私は長年、少林寺拳法をやっています。始めたのが小学校2年生の6月。7歳の誕生日前でした。

当時私はジャッキー・チェンに憧れていて、親からも「男の子なんだから、自分の身を守れる強さを持った方がいい」という勧めがあったのがきっかけです。

何か武道をやっておこうというので、近所の道場に、いろいろ見学に行きました。

剣道、柔道、空手を始め、ボクシングまで(こちらは門前のみ)見学し、そして少林寺拳法を見学して、私は幼いながらも「少林寺の先生が一番いい、あの先生のところでやりたい」と言ったそうです。そうして、兄と一緒に少林寺拳法を始めて今に至ります。