借景を含めて、すべて建築

建築家・田中敏博先生の設計する住宅は、開口部から借景を取り込み、とてものびやかでおおらかな雰囲気です。借景も含めて、すべて建築だなあ、と感じます。

私たちが工務店として自社設計をする場合、予算の都合でどうしても外構までは手が回らず、後回しにしてしまう傾向があります。しかし、住まいとは外構や植栽も含めて、土地全体で考えるべきだろうという思いは私にもあり、なんでも「予算のせい」にしてはいけないなあ、と反省しています。

大丸建設の建てる家は、日本の無垢材を使っています。無垢の木は山で立っていた時のまま、森の空気をそのまま都市の住宅に運びます。それと同じように、外構部の植栽も大切に考えていきたいです。

田中敏溥先生の建築が好きです。

住宅雑誌『チルチンびと』の顧問でもある、建築家の田中敏溥先生。小住宅が得意で、ご自宅も狭小地に建てられながらも、のびやかでおおらかな住まいを実現しています。田中先生の住宅は、大きな勾配の切妻屋根と、精緻な内装、目線を横に流すラインの使い方が秀逸で、小さな敷地であっても住まいの広がりは無限大に感じる、巧みな設計手腕がみて取れます。ラインや高さのバランスが絶妙で、周囲の景色を取り込むやさしさがそこにあります。

 

繊細で気を使う設計というよりは、おおらかでやさしさに包まれているような感じ。設計に人間味があるので、施工工務店としても気持ちよく仕事ができるような気がします。

私の好きな建築

先日、広報の打ち合わせをしている時に、「そういえば、専務の好きな建築物とかデザイナーって、なんですか?」と問われて、言葉に窮してしまいました。

私は、何かを見る時に、「好き」とか「嫌い」とかで判断せず、構造をみたり、この内装にはこの建材を使っているのだなあ、と思ったり、心を動かされるというよりは淡々と観察してしまうタイプなので、ハッとしました。

 

大丸建設ではこれまで何人かの建築家とお仕事をご一緒してきて、「チルチンびと『地域主義工務店』の会」でも建築家が設計を手がけた住宅を数多くみてきました。「好き」「嫌い」の判断軸ではないですが、そういえば私にとって居心地のよいデザインをする方がいるなあ、ということに気づきました。

やっぱり地元・稲城です。

2000年代のお客様の傾向を見ていてはっきりとしているのは、大丸建設のお客様は首都圏各地にいるけれども、実は地元・稲城市のお客様の数が圧倒的に多い、ということでした。稲城市は面積も人口も小さな都市なので、稲城市単体をマーケットとして考えると小さいように思えますが、やはり「地元」は強いということが判明しました。

近接している多摩市、府中市、調布市、狛江市、町田市などのお客様もいらっしゃいますし、川崎市麻生区や多摩区にもOBのお客様は何軒もあります。「多摩地区」といってもエリアが広いので、イベントや広告を打っていく時に、どこをターゲットにするかといえば、やはり稲城市になっていくのかな、と思います。

昨年、くらすクラスさんの「くらす市」や「稲城手づくり市民祭」に出られたことは、私たちにとってよい転機になりました。地元のお付き合いは、長く続けてこそ、と思います。稲城市の方にとっての大丸建設の存在意義を感じていただけるよう、地域に貢献していきたいと思います。

大丸建設のお客様はどこにいる?

昨年末、2000年からの新築住宅のお客様がどんな方なのかを、振り返りました。大丸建設は、協同組合匠の会や、チルチンびと「地域主義」工務店の会、forward to 1985、ふんわりネットなど、建築業界のグループに加盟しています。

2000年代前半は、匠の会経由のお客様が多かったです。当時匠の会は朝日新聞に全面広告を定期的に出しており、新建材の建売住宅全盛期に「匠の技」を大々的に打ち出す団体として、他とは一線を画しており、注目を集めていました。お客様の「匠の会」への信頼感は高く、とても高いブランド力でした。

2003年にチルチンびと「地域主義」工務店の会に入ってからは、住宅雑誌『チルチンびと』経由のお客様も増えてきました。チルチン関係のお客様は、自然素材、無垢材、ナチュラルなライフスタイルを志向している方が多く、価値観がはっきりしているので、私たちを目指して選んでくださっている、という実感がありました。