外国産材に追われていた国産材

私が大丸建設で仕事を始めた20年前ほど前は、木材の自給率は20%を割れていました。外国の安い木材に押されて国産材の需要が低迷し、林業に携わる人たちの手間代が十分に回らない状況でした。企業も、安価な外国産材や合板を使い、原価が安くて簡単なキット化した家づくりが主流になりました。

お客様のニーズに合わせて、日本の尺寸法に合わせた手刻みの家づくりは、どこか古くさいとする風潮さえありました。

戦後の拡大造林政策の弊害もあったと思います。日本の山は、針葉樹と広葉樹がほどよく混じった「混交林」から、戦時中の木材需要で広葉樹が切り倒され、早く「材」になりやすい杉が戦後に一気に植えられて、多様性の少ない山になってしまいました。花粉症が国民的な現代病になっている今、極端なモノカルチャー(単一の作物だけを使う環境破壊)の問題が浮き彫りになった一事例と言えるでしょう。

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