力愛不二という理念

少林寺拳法の一番大きな柱は、「半ばは自己の幸せを 半ばは他人の幸せを」という考え方です。これは、何事をなす時にも、仲間は自分のため、自分は仲間のためにという考えを持つことで、自分のことは大事だが、半分は相手のことを考えようと説いています。

自己確立(まずはしっかりした自分をつくりましょう)、自他享楽(ともに楽しむ)が第一の教えで、精神修行も含めておこないます。

少林寺拳法は、力愛不二という理念をもっています。拳禅一如であるとも言っています。

「鎮魂行」といって、これらの教えが書いてあるものをみんなで読むことから始まります。

70年の歴史がある少林寺拳法

少林寺拳法の開祖は「宗道臣」先生です。

日本に生まれた宗道臣先生は、中国に渡り嵩山少林寺で拳法を学びました。そして、日本に戻って戦後の荒れ果てた地域をみて、「平和で物心共に豊かな社会をつくりたい」と、日本を変えていくためにどうしたらいいのかを考えて考案したのが少林寺拳法です。

宗先生は、説法だけでは人はついてこない。身を守る、道を正すための力も必要だと、「力愛不二の“教え”と自己確立・自他共楽を旨とする“技法”を中心とした、社会に役立つ人づくりの教育システムを考案して、拳禅一如の少林寺拳法を創始」(少林寺拳法HPより)しました。

少林寺拳法は「人づくりの行」

私が通っている道場は、実家から歩いて5分ほど、調布市の公会堂が修練場所です。

全国各地に本当に様々な道場があるのですが、空手などとは異なり、少林寺拳法には流派はありません。日本で「少林寺拳法をやっている」といえば、同じ内容です。

挨拶で「合掌礼」をすれば、それでみんな、同じ仲間です。

技も教えも一緒なのです。

少林寺拳法のホームページをクリックすると、トップページに「半ばは自己の幸せを 半ばは他人の幸せを」とあります。少林寺拳法は「人づくりの行」なのです。

長年、少林寺拳法をやっています。

私は長年、少林寺拳法をやっています。始めたのが小学校2年生の6月。7歳の誕生日前でした。

当時私はジャッキー・チェンに憧れていて、親からも「男の子なんだから、自分の身を守れる強さを持った方がいい」という勧めがあったのがきっかけです。

何か武道をやっておこうというので、近所の道場に、いろいろ見学に行きました。

剣道、柔道、空手を始め、ボクシングまで(こちらは門前のみ)見学し、そして少林寺拳法を見学して、私は幼いながらも「少林寺の先生が一番いい、あの先生のところでやりたい」と言ったそうです。そうして、兄と一緒に少林寺拳法を始めて今に至ります。

 

住宅地の価格は都区部と比べて安い

住宅地の公示価格は都区内では1平米あたり549,100円なのに対して、多摩地域では206,100円と、居住コストが都区内と比べてとても安いと言えます。特に南多摩地域は比較的都心にも出やすいことから、新規住宅取得に対して優位性があると言えそうです。

多摩地域はオフィス家賃も安い傾向にあるので、新規創業にも有利と言えます。ベンチャー企業やスモールオフィスといった、新しい働き方を目指す人には、魅力的な地域ではないでしょうか。

市民農園の数や指導員の設置割合は都心に比べて圧倒的に多く、また人口一人あたりの都市計画公園の面積も7.8m2と、都区部の4.6%に比べて大きく、暮らしやすい環境と言えそうです。

南多摩エリアは高齢化が顕著

大丸建設のある「南多摩エリア」(八王子市、町田市、日野市、多摩市、稲城市)は、多摩地区のなかでも比較的都心に近い為、人口は143万人とエリア内でも多く人口現象スピードも比較的ゆるやかです。高齢化は進んでおり、約143万人の人口に比して35万人と多いです。多摩地域全体では2015年の高齢化率は約24%ですが、2040年までには約35%と、3人に1人は高齢者という時代が間もなく到来します。2025年には後期高齢化率(75歳以上人口の割合)は現在より約5%上昇して、約16%となる見込みとのことです。

 

南多摩エリアは八王子市や町田市に大学が集積していますが、近年、大学の都心への移転傾向が見られる不安要素もあります。大学や研究機関が集積していることは南多摩エリアの魅力の一つでもあるので、跡地などの有効活用が期待されます。

今後の多摩地域について

東京都総務局が出した報告集によると、多摩地域の地勢や人口、土地利用、産業構造などはそれぞれ異なるため、多摩地区を西多摩エリア(青梅市、福生市、羽村市、あきる野市、瑞穂町、日の出町、奥多摩町、檜原村)、南多摩エリア(八王子市、町田市、日野市、多摩市、稲城市)、北多摩西部エリア(立川市、昭島市、国分寺市、国立市、東大和市、武蔵村山市)、北多摩南部エリア(武蔵野市、三鷹市、府中市、調布市、小金井市、狛江市)、北多摩北部エリア(小平市、東村山市、清瀬市、東久留米市、西東京市)と5つにわけて、今後の地域展望について分析しています。

2015年の国勢調査によると、多摩地域の人口は約422万人。人口のピークは2020年に423万人と推計され、その後はゆるやかに減少が続きます。2035年には人口が403万人となり、2040年には392万人となります。今後の人口減少は避けられないなかで、魅力ある地域づくりをすることで地域活性化をはかっていくことが大切です。

木造住宅が斜めに崩れる理由

その後、東京に戻ってから、建築仲間や、被災地ボランティアに関わった方々に、東北内陸部での被災状況について話を聞く機会がありました。写真を見ると、 1階がゆがんで崩れている住宅、斜めに傾いている住宅などがありました。これらはほとんどが、1981年の建築基準法改正前、「旧耐震基準」の住宅であった思われます。

建築基準法は2000年にも改正され、住宅の耐力壁の配置バランスなども重視されるようになりました。それまでは、耐力壁の壁量があればよしとされていたのですが、南面に大きな開口部をもちそこに耐力壁が配置されていないと建物が均等に揺れの力を受けたり逃すことができず、一方に負荷がかかり、壁が弱い部分が崩れてしまうのです。

崩れている家で外観が比較的新しいと思われるものは、「新耐震基準」で壁量が足りていても、壁の配置バランスが悪い、いわゆる「グレーゾーン住宅」だと考えられます。耐震基準で1981年から2000年までに建てられた住宅は、グレーゾーンのものが多いので、「新耐震だから安心」とは思わず、不安になられたら耐震診断を受けられることをお勧めします。

東日本大震災後、現地へ行って。

2011年の東日本大震災後、連休を利用して、宮城県から岩手県にかけて、建築仲間と一緒にボランティアに行きました。私は一級建築士で東京都の耐震診断の登録事業者、応急危険度判定の資格保持者ということもあり、建築の視点から被災地のお役に立ちたいという気持ちでいました。

 

私は海岸線上を北上していったため、現地に行って、言葉を失いました。元の景色を知らないからなんとも言えませんが、「何もない」というのが第一印象。木造の戸建て住宅は津波に流され、かろうじて残っているのが鉄筋コンクリート造の学校や公共施設の、フレームだけが残っているという感じでした。

内陸部の被災状況を把握していませんでしたが、私が見たなかでは、木造住宅が残っているケースは見られませんでした。

「建ててからが本当のお付き合いの始まり」

大丸建設の現社長・安田昭は、いつも「建ててからが本当のお付き合いの始まり」 と言っています。工務店と言えば、家を建てるのが仕事、と思われがちですが、本当は家を建ててそこでの暮らしが始まったあと、使うなかで不具合が生じたり、ライフスタイルの変化による間取りの変更など、メンテナンスやリフォームが必ず必要になってきます。その時に、「あ、大丸さんに頼もう!」と思っていただけるような、お客様とのさりげないコミュニケーションを続けていく必要があります。

大丸建設が2カ月に1回発行している「大丸ニュース」は、お客様に大丸建設を思い出してもらうための大切なツールですが、それだけだと一方通行になりがちなので、年に一度は、OBのお客様のもとに直接出向いて、御用聞きをしたいと思っています。スタッフで手分けをしてOB客訪問をしていますが、お客様とのコミュニケーションは、私たちにとって、事業継続のための強い意志を与えてくれる経験です。

 

今月は大丸建設の「経営」についての考えをまとめました。