とはいっても・・・霜の気配はなし
( と記したが札幌では霜がおりたと便りあり・・・そうよね、来月中には雪だよね)
秋は・・・
「秋は夕暮れ。夕日のさして山の端いと近こうなりたるに・・・」
まさしく
この国の美しさというものなのかな
栗駒木材
宮城県栗原市鶯沢袋島巡44-1
広い敷地に材木置き場と工場
薫焔乾燥用倉庫?
スチールの床に空いた穴からでてくる煙にいぶされる木材たち
含水率は平均して20パーセントになるそうだ
ここから出てさらに屋外乾燥
木材の粘りという特徴を殺すことなく乾燥させることに重点をおく
広葉樹
昨年の地震で広葉樹もたくさんでてきたとのこと
知らなかったが国産広葉樹の板材がたくさん並び・・・よだれが垂れる
おいしそうな栗
黄肌・・・なんてきれいな色なのでしょう
表皮の下の黄色い部分は水に浸して胃薬として飲む
故郷では「しころ」と呼び我が家にも常備薬としたあった
叔母の話では樹皮を剥いだあとの幹には黄色い部分だけ頂いた樹皮だったか
何かの葉だったか・・・忘れたけれども、とにかく何かをかぶせておくということだった
花を愛でる棟梁がひとり
SUMIKA Project
休日を利用して東京ガス・SUMIKA Project見学
伊藤豊雄
藤本壮介:北海道の星
藤森照信の作品を目にすると自然とにんまりしてくる
「お会いできただけでも幸せです」
伊藤豊雄と諏訪湖をはさんで生まれているのですよね・・・相似ではないもよう
嘉永四年の棟
石工と左官と板金の合作
いちょう並木のセレナーデ
修行、もしくは・・・
修行
大丸建設協力会研修旅行「栗駒の山で伐採を実見」
現場でのチームワークは得意でも集団行動は不得意・修行が必要
修行の朝は早い
ひた走るバスの中で装飾について考える
黄金色の絨毯・・・「栗駒の車窓から」 紗のかかる山並み
やーっと到着 お世話してくださる栗駒木材・白鳥さん
山 実際に伐採作業をされているスタッフの方々
社長伐採する
ここまで大きくなってくれてありがとうございます・・・じーんと感謝のこころ
違う場所で違う形で生き続けてください
つづく
ある意味散歩
農園主
登場していただく機会をすっかり逃してしまった
宮崎農園の主
趣味で板金業を営んでいる・・・のではないか
本気で板金業 口癖は「大丈夫だよぉ、ちゃんとやってあげるから」
梨も栽培しているので果樹農園か
こちらは篠原果樹園から届いた
模倣
猪方の家
手摺つきました
形状は模倣からの学び
一本の線もまともに引けなかった頃でも思ったことはするすると口から出てくるもの
当時の上司のスケッチを見ながら
Ⅰ「なんとなく。ハンス・ホラインちっくですけど・・・先生は人まねしちゃいけないって」
J 「ばかいうんじゃないよぉ。世の中の建築家の作品をみてみろ。
みんな模倣から始まってるんだぞ。次代時代影響されて繋がっているんだよ!」
今思えば確かにそうかも、と。
心地よい空間、美しい形状を見聞し経験して、自分でもつくってみて、だんだんと熟成されて
ゆくものなのかもしれない。
内田名人:今日も気合入ってます 襖もはいりました:とてもいい色
ホトトギスの頃
出発と書いて
たびだちと読んでみる
2年前に改修工事を担当させていただいたお客様からメンテナンスのもろもろ
についてお電話を頂戴した。
この2年のあいだにも数回伺った際にはご主人様にはお会いしていた。
この度は奥様も息子様ご夫妻もご在宅で「ご無沙汰しております~」の
ご挨拶をそれぞれみなさまとしているとなんだか久しぶりに親類の家へ行った
ときのようににぎやかになる。
Hさまのご自宅はわが社の社長が若い時?に手がけた。
2年前の改修工事は独立されていた息子様ご一家と同居するためにキッチンと
水廻りの入れ替え、断熱工事などさせていただいた。
・・・その時のことを思い出せば色々なエピソードが浮かんでくるが・・・
息子様からは「Ⅰさん!このキッチンのレイアウトすごく使い良いよ!ばっちり!」
「でもね!この収納の開き扉はだめ!」
など率直な言葉を頂き、まことにその通リだと反省した箇所もあったな。
その息子様がこの度ご自分の店を持つための準備中だと。
息子様「実は店を開こうと思っていて・・・ちょっと相談が」
Ⅰ 「!いつですか?」
息子様「12月に」
(12月にオープン予定であればすでに図面は出来ている頃)
Ⅰ 「あらあ?おかしいですねぇ、私共に設計依頼も見積依頼もお頂戴しておりませんがあああ」
息子様「へへへ、ご面倒をお掛けするのも悪いし・・・店舗はやらないでしょ?」
Ⅰ 「出来ますとも!」
「どちらで?どんなお店で?あ、やはりワインはございますよね!○×・・△○×・・・」
と色々質問してひとしきりおしゃべりしてしまう。
なんだかうれしいひと時だった
Hさま
新たな出発を心よりお祝いしております!
映画「転々」で三浦友和とオダギリ・ジョーが向かい合って立っていた駅前(たしか?)
追い込み?
猪方の家
浴室は桧板張りでご提案することが多い
毎度の桧・・・だが!
桧も自然に生きていたわけで、同じ木目になるわけもなく
・・・そして猪方の家に来た桧は表情豊かなもの
追い込みの頃だが、調子良く?現場も進み工程は前倒しできている
引渡しの時期を迎えると思い出すことがある
前職では大手デベロッパーが手がける新築マンションの設計変更とオプションを
まとめる部署に在籍していた。
何につけてもタイトなところだった。
引渡しが近くになり施工会社=ゼネコンの事務所に行くと現場所長を除いては
だいたいが不精髭があったりなんとなくダイエットに成功?みたいな姿になって
いるし、なんならニオイも。
終盤になり、デベロッパーの担当者も毎日現場でなんやかんやと口を出す
頃になると、ゼネコンの担当者たちはほとんどが泊り込みになる。
プライバシーを確保できるのはトイレの中だけ。
朝一番でゆくと若い現場管理担当者の頬にはタイルカーペットの跡がついていた
こともあった。
Ⅰ「・・・夕べどこで寝たのですか?」
S 「気がついたら階段室の踊り場でした。静かだったのでおかげでぐっすり
寝れましたよ・・・朝礼に遅れたけれど・・・」
Ⅰ「・・・大丈夫でしたか?Nさんのヤキ入らなかった?」
S 「大丈夫でした・・・」
普段であれば朝礼に遅れるとそれは地獄をみることになる。
N副所長は厳しい。
Ⅰは一度怒鳴られただけで失神したことがあった。本当。
「ここは佐々木がいなかったら納まらなかったよ。ほんと、アイツが居てくれて助かった」
とは内覧会も終え、お互いにほっとした頃のN副所長の言葉だった。
Ⅰ「佐々木君はこの先どんな現場でもどんな仕事でもきっと大丈夫ですね」
N「そうだね。大丈夫だ・・・次はどこかな~?オイラは広島だ」
ゼネコンの現場監督達もある意味で流浪の民だった